昭和43年4月23日 月次祭 (末永信太郎) №43-061
・・・ね、して信心がいよいよ楽しゅうなる。信心がいよいよ有り難うなって、そういう信心を身につけて行きたいと思うんです。どうでしょうか、皆さん。信心が楽しゅうなって行きよるでしょうか、有り難いことになって行きよるでしょうか。
昔、あの、(およべっこぶし)というのが( )ですね。(ちょうせんとしのぶさかいのあまおりょっこ?)という。あの歌の替え歌に、こういうような文句があります。極楽とシャバと境のあの(3時ラーメン?)流す(うじひ?)は良けれども、(欲悪)煩悩にほだされて、極楽世界に着きかねるちょいちょい、という歌です。ね。今の若い方達は知りませんですね。
ですから、この、例えば、この( )を一つ作り変えて、お道流にも作り変えたらどうかと(思えば?)、ね、幸せと不幸の境のあの教え川、日本川とは違うのです。(笑)あの日本川でもいいかも知れんね。その辺が、もう、ピンと来るかも知れません若い方たちは。日本川でもいいです、ね、光の川ですから。あの日本川でもいい。ね。流すお徳は良けれども、我情我欲で流されて、(なかれとは?)よく似ちゃるですね、あそこの文句は。我情我欲で流されて、ね、徳の世界に住みかねんちょいちょいというのは、まあ、どうでしょうか。(笑)ね。
たしかに、人間の幸と不幸というのは、どういうことかと言うとですね、ね、信心が楽しゅうなり、信心が有り難うなり、しかも、その信心が生活の中に入って行くと言うか。ね。生活と信心とが一つになって、そして、その信心生活がです、楽しいものになり、有り難いものになるというような事でなからなければ、人間の幸せというものはあり得ません。
お金が出けたからと、幸せじゃありません。物が出けたからと言うて、幸せじゃありません。ね。先ず信心がね、楽しいもの、嬉しいもの。ね。同時に、有り難いもの。その信心が、嬉しい、楽しい信心が生活の中に、ね、入って行く。いわゆる、信心即生活である。その信心生活が、また、こよない楽しいもの、いよいよ有り難いもの。そういうおかげを頂いて行く時に、それは真の信心生活と言えるのじゃないかと思う。そういう信心を、お互い目指したいと思うのです。どうでしょうか、皆さん。
ね、その目指すところがですね、違いますといけません。そこで、その、それをもっと具体的に、そんなら、そういう楽しい、有り難い信心。しかも、その有り難い、楽しいという生活が出けれるおかげを頂く、と。人間の真の幸せというのはそれなのだ、と。それは、ね、目指す教えは良けれども、いわゆる、目指すその教え川、日本川です。ね。その日本川は良けれどもです、その光を頂こうとしないで、ね、いわゆる、我情我欲に(ほだされて)、徳の世界に着きかねんのです。ね。
先ほどお祭り前の前講に、末永さんがここでお話をしておりました。私は思わず、もう、本当に感激致しました。ね。先日、信心友達でありますところの堤さんが、お夢を頂かれた。それは、末永さんが、親先生から卒業証書をもらっておるところを頂いた。だからどうでしょうね、ここで頂く方が、ははあ、自分な、もうここに修行させて頂いて一年何ヶ月。もう、修行を卒業をしたんだな、という風に頂く人があるかも知れません。ところがです、ね、たしかに、それは、どういうような意味合いの卒業証書か分からないのですけれども、ね、これからは私は、ね、生神学校へ今度は入学するんだと言うております。
私はそこんところを聞く時に、本当に感動致しました。ね。皆がですね、その生神学校への入学でなからなきゃいけんのです。信心とは、わが心が神に向かうて行くのを信心と言うのじゃ。ね。死したる後、神にまつられ、神になるということを楽しみに信心せよ、と。自分の心が一段一段と、ね、おかげを頂いて行くその姿というものがです、自分で自分ながら、自分の心を拝みたいほどの有り難い私にならせて頂くということ。ね。それが、楽しみなのだ。こういう、例えば、普通で言うなら難儀な問題を、このような元気な有り難い心で受けられておるということは、何と有り難いことであろうかというようにです。ね。
お互いが生神学校への入学でなからんとですね、事毎に我情我欲で、いわゆる流されてしまう。生神学校を目指せばです、はあ、これが我情だ、これが我欲だ、これは私の思いだ、これは私の我欲であるということが気付かせてもらえる。ね。そこで言うならば、おかげの、いわば追求からです、ね、生神へのです、生神の追求。いわば、お徳を受けるための信心精進ということになる。
私はあの、最近ね、それは末永さんならずとも思うのですけれども、最近、いわばここでは、ここでと言うと本当は特別なごとあるですけれども、特別合楽教会の上に働いて下さる神様の働きというものがです、もう、どうぞ信心しておかげを受けてくれよ。ね。
信心して、どうぞお徳を受けてくれよ、お徳を受けてくれよという声を聞くように感じます。ね。お徳を受けてくれよ、と。ね。今のようでは、おかげは受けられても、今のような信心ではお徳にはならんぞ、と。お徳を受けてくれよ、そのお徳というのは、ね、信心をすれば誰しもが受けられると見やすう仰っておられるけれども、そう見やすいものではないけれども。けれども、合楽では見やすいと思うのです。ね。
そういう、いわば手をとり足をとりするようにして、最近の教導があっておることを感じます。だから、問題は自分でその気にならなければ駄目なんだ。ね。例えば、今朝の御理解を頂きましてもそうです。ね。お互いがそこんところのです、今朝、御祈念が、御理解を説かせて頂いて、最後の締めくくりの言葉を忘れた。皆さん、その最後の締めくくりというところは、皆さんが銘々で、一つ頂いてくれ、と。
まあ、だから、後から参って色々に、先生、今日の締めくくりはこうじゃないでしょうか、ああじゃないでしょうか、と言うて、まあ、色んな答えが出ておりました。ね。それも間違いじゃない。けれども、今日の御理解の締めくくりと言うならです、今朝方、ひろこ先生が朝方お声を頂いた。しかも、それは親先生の声であった。ひろこさん、今日の御理解は人非人になる御理解よというお声であった。
ひろこさん、今朝の御理解はね、人非人になる御理解ぞということ。ね。あれは人間の面を被っておるだけじゃ。もう、本当に犬じゃろうか、畜生じゃろうかというような意味のことを、あの人は人非人と申します。けれども、ここで言う人非人はですね、もう、本当に人間の姿こそしてございけれども、お観音様じゃろうか、菩薩様じゃろうかと言われるようになれということ。人であって、人でないということ。
いわゆる、わが心が神に向かうて行くという道を、今日は説かれるのだ。今日はそういう御理解があるのだということを頂いた。今日の御理解は、そういう御理解でしたです。ね。
だから、目指すところがそこにありませんとですね、間違うて参ります。夕べは田主丸地区の信心共励会でございました。昨日は若い方達が最近多いですから、まあ、大変賑やかな共励会だったらしいです。福岡から、いつも文男先生が田主丸の方を担当してから参ります。私は久富先生から又聞きですけれども、文男先生が昨日お話した中に、ね、朝参りをはじめさせて頂くようになって、ちょうど昨日が一月。そういうことを朝、神様にお礼を申させて頂いておりましたら、ね、原隊復帰というお知らせを頂いた。原隊復帰。
例えば、昔、兵隊さんが入隊致しました。ところが、病気のために家に返されておった。それが、病気が治って、また原隊復帰したというお知らせであった。もう、それを頂いて、本当に今までの遅れを、ね、取り戻したような思いで有り難かったという御理解だったそうです。ね。
もう、今までこの人の、まあ、朝参りなんか、もう出けんもんと思い込んどった。朝参りがお参りをする者がです、もう、おかしいぐらいじゃった。ところが、あの寒修行からこのかた。合楽での信心が、けっきょく、合楽の信心そのものが進んで行きよる。おかげの信心からお徳の信心に飛躍して行きよる。ね。そういう、例えば車に乗り遅れておった感じである。
慌ただしゅう気がつかせて頂いて、それから朝参りをはじめた。一月のお礼を申させて頂いておったら、原隊復帰。ようやく、合楽のいわゆる原隊に戻ることが出けた。ね。そのお知らせを頂いて、安心したと言うてお話をしたそうでございます。お互いどうでしょうか、ね。原隊復帰が出けておるでしょうか。
現在の合楽の信心に便乗させて頂いておるでしょうか。それは、朝お参りをしておるというだけの事ではありません。それは、家におってもちゃんと乗っておる人もあります。ね。朝お参りをしとても、ね、目指すところが違うとったら乗ってるわけじゃないです。ね。今日頂きますように、信心が嬉しいもの、楽しいものにして行くために、お互いがおかげの世界を追求する、おかげの世界に入って行くという信心では、ね、楽しかったり楽しくなかったり。ね。
これだけお願いをするのにといったような結果にもなり兼ねない。ね。昨日、善導寺の原さんたち夫婦で、飯塚の方へ娘が縁についております。あちらの方へわざわざお出でられた。といのは、その娘達が今度、家を買われたいと言う。それでもやっぱり、その、都合の良いのがあるけれども、もう、自分達の若い者が交渉しても貸してくれんかも知れんから、まあ、お父さんお母さんに交渉してもろうたら出来ようと言うのである。現在、住んでおる家が三千円、今度の家は五千円。まあ、それだけの家も立派である。ね。
それで、わざわざ、お父さんとお母さんが行ったんです。ところが、一足違いに、もう、人に貸しておったと言うのである。しかも、もう、子供さんのおられるところには、やっぱり貸せんと、こう言うのである。あちらに子供が一人おるんです。それで、もう、がっかりしてから、アツコさんて言いますが。ね。
アツコさんが、もう、本当に合楽の先生はあげんお願いしとったつにち。前々からお願いがしてあった。あげんお願いしてあったつに、と。そこでお母さんが言う。けれども、これはアツコさん、いよいよ、神様のご都合に違いなかばい。ね。とにかく、現在の家はなるほど狭うもある。ね。または、きれいな家でもないけれども、これを少し工夫して住み良い風にしたならどうじゃろうか。
さあ、二階から下、その、大掃除の手伝いまでさせてもろうて、それからカーテンを縫うたり、まあ、いろいろして、二階の物を下に持って来たりして、調度品、まあ、少しばかりの調度品を窓の方へ置いて。これはアツコさん、見てごらん。もう、見違えるごと部屋がきれいになったじゃないの。主人が只今、出張中。お父さんが帰ってきたら、ほれは、きれいになったねち言うに違いはない。
まあだ、五千円の家に住むがとないアンタ方、いわば、三千円の家でちょうどいいのだ。こういう御用をさせて頂くために、私だん両親、わざわざ来たようなもの。ね。と、まあ、言うたというお届けがあったんですけれど。ね。そういう生き方、例えば、なら、その娘さんの生き方。あれだけお願いしておったのに、人に渡っておったという生き方でもですね、おかげは受けられます。またお願いして行きゃいい。
けれどもね、こういう頂き方では、いわゆる、本当のおかげになって行かない、お徳になって行かない。ね。お母さんたち夫婦が、もう、これはアツコさん、神様のご都合に違いはなかばい。ね。アンタだんが、まあだ、三千円の家でよかつよ、と本人が思えれるところのおかげ。ね。
して見ると、来月から五千円払わんならんとが、三千円で済む。んなら、二千円な五千円の家に住んだと思うて、神様に喜んで頂くようなことにでも使わせて頂こうということになれば、それは、そのままお徳になるでしょうね。この辺が大事です。ね。
今日は私、ここに奉仕をさせて頂いておりましたら、ひろこさんが出て参りましてから、今日は先生、もう一つお知らせを頂いておりましたち。御神眼を頂いておった。それがね、御神眼の中でね、はっきり三途川と分かるて。ね。三途川です、私は三途川て見たことなかばってん、ひろこ先生は御神眼に、はっきり、これを三途川て分かるて。ね。あの御神眼を頂きますとですね、タイトルがついてるです、ずっと。だから、分かるんです。頂きながら、はっ、これが三途川だと分かる。
けれども、私はまだ三途川は見たことがないけれど、ひろこ先生は三途の川を見せて頂いた。そこのですね、まあ、堤防でしょうか何かの(付近?)にです、久富正義先生が立っとる。もう、それこそ、御神眼の中で、もうびっくり、血の気が引くようにびっくりしたんですね、三途川が打ち立っとるちゅうか。
それが、「あらっ!正義先生!」ち言うたら、こうふり返られたその顔が、もう、いかにもいかにも、おかげを落としたという顔であった。私もその御理解を聞きよってから、本当に何か知らん、こう、身の毛の弥立つ思いが致しました。けれども、これは正義先生だけのこっじゃない。これは、皆がです、言うなれば、そういう三途川の堤防に立っておるのと同じです。
障子一重がままならぬ人の身なのですもの。私どもは、いつも、三途川のこの堤防に立っておるようなもんですもん。ね。そこで、私が一番初めに、その(おおりょっこ?)の替え歌を歌ったようにですね、極楽とシャバと境のあの三途。ね。流す教えは良けれども、欲悪煩悩にほだされて、極楽世界に着き兼ねるといったようなことになる。それを私は、徳の世界に着き兼ねると言うた。三途の川を教えの川と話した。ね。
せっかく教えをこうして頂かせて頂きながらもです、我情我欲にほだされて、ね、その徳の世界に住み兼ねるということでは、相済まんことである。ね。お互いがですね、例えば、おかげの世界に住むなら、決して、私はわざわざ、神様はそういうお知らせを下さらない。末永さんが言うておりますように、最近はもうとにかく、お徳を受けてくれよ、信心して徳を受けてくれよという神の声を聞き続ける思いがする、と。
そういう声を聞いておる者、ね、ならば、私はおかげの世界からです、ね、徳の世界への推移して行く、そのお互い過程にあるわけですから。ね。ここんところを本気に、それだと自覚させてもらわなければならん。ね。私はそのことを聞かせてもらってから、ひろこさんに申しました。これはもう、私が、なら、この人に言うと、まあ、まるっきり脅迫したごたる。少しこの頃、信心がぐずぐずしとりなさいますから。
だから、脅迫するごとあっちゃいかんから、ひろこさん、アンタが頂いたという、そのままを正義先生が来たならば、そのことを話しなさいて、私が言うた。ところが、自分が頂いておる、そのことがあまりに生々しいもんですからですね、今晩が月次祭、今夜見えるということをコロッと忘れとった。それで、もう、ほんなこて、いつおかげ落とさっしゃるじゃ分からんと思うたもんだから、そのまま電話かけとる訳です。
私、その言うてから下がらせてもろうてから、ああ、私はひろこさんに、正義さんにそのことを言うように言うとったけれども、はあ、そげなこと言うことはいらん。私が言やあ、なお悪か。ひろこさんが言うても、ね、怪我はせんでもです、やはり、それを信心で受ければ良いけれども、受け損ないどもするなら怪我する。人間ていうものは、もう、妙なもんですもんね。ヤーヤーいうて、こう言われるとですね、こう、こうこうしたいようなものがあるとですよ。こっちに引けば、向こうさに逃げて行くといった心理があるとです。まあ、そういう意味合いでなら、おかげを受けて落とした人がいくらもあります。
上滝さんが然りでしたですよ。私が前の日、ああいうことが、明くる日亡くなることを前の日にお知らせ頂いたから、言うたけれども、それをホケんごとして聞かなかった。三橋先生がそうでした。朝の御祈念が終わって、御理解を終わらせて頂いて、私はそのまま、久留米の教会に飛んで行った。三橋先生、こういうお知らせを頂いたから、けれども、もう、聞き入れようともしなかった。久保山先生と二人で寄った。もう、それは二回三回じゃなかった。ね。
上滝さんの場合でもそうであった。二回三回じゃなかった。けれども、ギリギリのことを頂いたから。ところがですね、そういう風なことを言うと、先生が脅かしよるごたる風に、まあ、感じたか、それを軽う聞いたかした訳なんです。それのことに全然、受け応えがなかった。ね。それは現在、御霊様としての働きはあるけれどもです、御霊様で働かせて頂けれる前に、ね、この世におかげを頂いておる間に、神様に喜んで頂けれるような働きをさせてもろうて、一段と徳を受けて行かなければいけない。
正義さんは、そういうことはない。そういう怪我はするまいと思うたけれども、私はこちらへ参りまして、ひろこさん、さっき言うたつは、あれは、もう取り消し。もう、今夜は来ても、正義さんに話しなさんなと私が申しました。ところが、はあ、先生、私は電話かけましたち言う、
そりゃあ、しもうたの、そげなこつば、アンタ電話ばかけてから。それこそ、もう、実際に会うてからね、しかもタイミング良う言うても、そげなお知らせはね、私どもは色々お知らせを頂くことはあるです、誰々刻々の人に頂くことは。そういう時には、あれには言わんでもです、私が修行しますから、どうぞと言うてお願いをするです。だから、今日もそのつもりで、私は神様にですね、あの、もう、この人にはそげなこと言いなさんなと言おうと思うて来たところが、もうすでに遅し、言うとった。
これが神乍じゃった。ただいま、ここへ参ってきてから、正義さんが、今日はひろこ先生から大変なお知らせを頂いて、おかげを頂きまして有り難うございましたという、それで、私はもう、安心したようなもんでございますけれどもです。そんなことがあった。ね。
けれども、これは正義先生だけじゃないです。お互いがね、本当に三途の川の縁に立っておるというのが、障子一重がままならぬ人の身というのは、そのことなんです。いつ、明日どういうことにならやら、いや、もう一歩先が闇の世である。ね。だからです。私どもはですね、ただ、おかげの世界というかね、おかげをおかげと言うことからです、ね、どういう信心させて頂いたらお徳が受けられるじゃろうか、と。どういう信心させてもろうたら、お徳が受けられるじゃろうか、と。ね。
そういう思い方をさせて頂きゃ、おかげはいらんと言うても、付いて来るとですよ。ね。最近、秋永先生が、その、もう、こうこうやって、卓を叩くようにして皆に言っておることはです、ね、せっかくの現在の合楽の信心をです、お互いがどう、今頂いておるか、と。ね。
合楽の信心をです、皆がどう頂き、どう皆に説明出来るか、と。ね。教団全体がです、もう、お徳の世界からおかげの世界へ、何かそういう感じがする。ね。お徳の世界といったようなものは、何か影が薄うなって来た。そういう中にあって、現在、合楽ではです、力を受けることだ、徳を受けることだと、心に光を得ることだ、と。ね。それには、こういう信心をさせて頂けばお徳が受けられるということを噛んで含めるように、今まで聞いたこともなかったような、いわば御理解を日々頂いておるが。ね。
それを皆、伝える責任がある。ね。そんためには、お前たちはもちっと勉強せにゃいけん。本気で、まちっと信心を頂かにゃいけん、と。これも伝えなければです、神様に対しても相済まんと言うて、まあ、言ってるんです。ね。今日、私はそれを実感させて頂いたことがある。ね。現在ある教会にお参りをしておるという方が、先日、二日市の教会におかげを頂いた。もう、どうかしておかげを頂きたい、おかげを頂きたいと思うとる訳ですね。ところが、自分の教会では、どうしてもおかげが受けられん。ね。
8回、教会を8年間の間に転々として変わってるです。ね。ここでもおかげが受けられん、ここでも自分の求めるものはなかった。そして、この頃、二日市教会でです、ね、ここで秋永先生がお話をした話を聞いた。はあ、自分のここに言う、触れるものがあったと言うて、自分の信心経歴を何年何ヶ月、どこどこの教会で信心をさせてもらいました。そして、ここにたどり着いたという信心経歴を書いて、そこにお届けしてから参りました。ね。
初めて、ああいう生き生きした話を頂きました。ね、今頃、ああいう生き生きとしたお話を頂き、また、そういうおかげを現しておられる所は、もう、ないだろうと思うて、今日はお参りさせて頂いた、と言うて参って来たんです。ね。そういう人が教団の中にどのくらいあるやら分からんです。何十年信心しよるけれども、信心が分からん。本当にお徳を受けたいと思うけども、お徳の頂けれる道を教えてもらえない。ね。 そういう人達のためにでもです、私ども一人ひとりが、ね、そういう本気でお徳を受けさせて頂く信心にならせてもらう。ね。そこからしかね、信心が楽しい、嬉しいということにはなって来ないです。ね。信心がね、嬉しゅうなってくる、楽しゅうなって来る。ね。例えば、アンタそげな問題があってもです、徳を受けるという焦点が置き返られますとですね、その腹の立つような、その問題そのものが有り難うなって来る。ね。この前のお月次祭に、ね、あの、頂きましたでしょう、皆さん覚えちゃるですか。ね。
宝様を踏むと目が潰れるという。ね。宝様を粗末にしちゃならん。私はそれを頂いた時に、はあ、本当にこういうことが宝様だと、私はその時、実感したことを皆さんに聞いてもろうた。ね。お互いが聖徳太子は欲しか。ばってん、聖徳太子ば踏みつけよるもんじゃけん、聖徳太子が向こう向いて逃げてしまいなさる、というお話でしたろうが。ね。
それを、私はあの、豊美が典楽会のことのことから、それは頂いたんでしたもんね。もう、本当にね、神様の働きっちゃ、手の平を返すごたるですよ。ね。それこそ、もう、本当に何て言うでしょうかね。ね。席を蹴って立ちたいような腹立だしさをでしたね、ジッと押さえて、御理解を頂いて治めた。ね。
例えば、合楽の楽人と聞いただけでも、相手が帰ろうと帰らっしゃった。そして言わっしゃることが、もう、実に(似合ってない?)ことであった。ところがです、ちょうど翌日の夕方です。私は、秋永先生がちょうど見えとったから、大接で2~3人お話しよる時、電話がかかってきた。豊美さんにという電話だから、はあ、私もそう感じたんですよね。そしたら、親教会からであった。ね。
そして、どういうことであるかと言うとですね、この前の御大祭に、ここで舞われたあの舞をです、あちらの舞人に教えてくれということだった。時の方、いわゆる、琴の方も豊美さんが習うておるから、琴の方も舞の方も教えてくれということであった。今まで、かつてなかった事でした。
はあ、もう、おかげ頂くどころじゃございませんです。ほら見てみれといったようなものじゃないです、心がもう治まってるから。おかげ頂くどころじゃありません。ね。最近は、御大祭前ですから、その前のことと、琴のことで親教会に行きよります。そういうおかげになって来るんですよ、田川さんを大事にすると。ね。あれを、どうでしょう。そういう問題を踏みにじるようなことをしたら、どういう事になるでしょう。もう、それこそあっちにも、もう、顔でん見ろうごとなかごとなる。こっちでも、どういうことになって来るでしょうか。そういうことは、自分の世界が狭くなって行くことなんですよ。ね。
あちらも立ちゃ、こちらも立ち。そういうおかげの頂けれる道。ね。そういう、私は受け方がです、そのまま、ね、徳を受けて行く道なのですから、楽しいでしょうが。打てば響くほどにおかげが変わって来るものだ。そういう頂き方こそが、ね、お徳を受け、同時におかげを受けて行く道なんです。ね。
おかげは受けておる。ね。けれども、今のままでは、ただ、おかげに終始する。ね。だから、私どもがですよね、いよいよ徳を受けさせて頂こうという信心。ね。そこからでないとですね、信心が楽しいもの、信心が有り難いもの。しかも、その、楽しい、嬉しいものがです、生活にまで持ちこまれて行くというところのおかげになって行かない。ね。おかげば頂かんならんけん参りよる、と。ね。おかげば頂かんならんけんで勤めよる、と。なるほど、それでおかげは受けます。ね。
ですから、きついです。ね。朝参りはしるしいです。ね。ところが、そこんところがです、ね、信心して、どうぞおかげを受けてくれよと仰るおかげ。氏子、信心して、おかげを受けてくれよと仰るおかげ。これは、徳を頂かせて、頂いてくれよというおかげなんだ。ね。信心して、徳を受けてくれよ、と。ね。
皆さん、そこんところを頂いて行くためには、どうでもお互いがです、本気で一つ、人非人になって行くおかげを頂かにゃいかんのです。今日ある方、ある婦人の方がお届けをされる。そういう近所に教会がやっぱ、金光様の教会がある。一緒に婦人会で、その、温泉旅行がある。そこで、その婦人の方が、その、私はもう、神様の方にお参りせんならんから、もう、旅行は止めると、こう言うた。
そこで、その話が温泉に行った向こうの方で話になった。それをまた、その婦人に伝えられる人があった。もう、原さん、原、もう原さんち言うてしまった今日は、こりゃしもうたあ。(笑)いや、原さんなら(よかばろうばってん?)他んこと言わにゃんごとなってから。ね。ある、ある婦人がですよね。(笑)もう、とにかく、あの人ばっかりは条件に及ばんち、神様神様どんばっかり言うちから、婦人会のそげな勤めもさっしゃらん。そげなこともお付き合いが出けんとが奥さん、信心ですかと言うて、そこの教会の奥さんに聞かっしゃった。したら、その奥様が曰く、金光様の信心っちゃそげなことは教えませんよち。
金光様の信心っちゃ、ちゃんと、その、そげん時には婦人会の方に行くように教えますよち言わっしゃった。のう、そうでしょうが、原さんな間違うてある、馬鹿にされとる・・・(笑)ちょいとおかしかち。( )にも神様、金光様どんばっかり言うちから、もう、こげなことにはお付き合いもさっしゃらんと言うて、まあ、評判があんまり良うなかったらしい。ね。ただ、その、〇〇教会の奥様が言わっしゃったようにです、確かに、そういう生き方。ね。人にこりをつませない生き方。そういう生き方もあるけれども、これはどこまでも、おかげの世界に繋がる信心なのです。
けれども、現在合楽ではです、現在合楽では、人からは笑われても、神様から笑われちゃならんという信心を、今、一生懸命してるんです。ね。ですから、信心の浅いモンに分からん。私の一途に思うその思いをです、温泉旅行どこじゃない、神様へ向けて行くという、それは分からん。ね。五千円の家賃のところがです、ね、買えなった。なら、もとの三千円にまた戻ってきた。お願いをしとったけれども、どうして五千円に移られじゃったじゃろうかと思うたらそれまで。これはあ、この三千円のまだ家で十分に、工夫すりゃこんなにもきれいにならせてもらう。ね。
だから、残りの二千円は神様に喜んで頂くような、ね、これは、もう、五千円ずつ払うて行くと思やあ、出来んことはなかけんで、いっちょ、次のおかげを頂かせて頂くまでは、これをお供えでもさせて頂こうか、これを親にでも送ろうかというような心掛けにならせてもらや徳になる。ね。
だから、徳を受けて行く道というものはね、そういう道なんだ。ね。もう、腹が立ってたまらん。もう、カーッと来るけれどもです、ね、それを宝様だと受けさせて頂くところにです、ね、それがもう、明くる日は聖徳太子の姿でやって来た。しかも、そういう受け方、生き方こそがです、徳を受ける道なのですから。ね。徳を受けながらおかげがはっきりして来る。こんなに楽しいことはないでしょうが。
しかも、毎日毎日、それがね、もう、毎日毎日、新たなさらな体験というものが生み成されて来るところにです、信心生活の楽しさ、有り難さがあるのです。ね。皆さん、本気で向きを変えにゃいけません。ね。だからね、皆さんが、まあ、まだ、その、おかげだけでええ、と言うならそれで良いです。
2~3日前、久留米の岡崎さんが参ってきてから、「先生、私はとにかく、こげなこつば思うことございます」ち。本当に親先生持ち、神様任せち言うてから、それにならせて頂くとです、本当に自分も楽なおかげを頂けれる。今日も、奥さん子供と一緒に参って来とります。家内が付いて来じゃった。
それは、この頃は、家内が月次祭だけには付いて来るようになった。「今日もそげん言いよりますけん、どうぞ、いっちょ心が変わらんごとお願いします」ち言うてから、変わっとらん、やっぱ付いて来てる。ね。岡崎さんの信心について来な馬鹿らしゅうなって来たわけなんです。ね。
それが、なら、どういうことを考えよるかちゅう。親先生任せになる、この頃は、その、少しまとまった集金をしてから、ここ、懐の中に入れてお参りをしたんです。今日は親先生が、「岡崎さん、アンタが懐の中の金ばみんなお供えせんの」ち言わっしゃったなら、どうするじゃろうかと思うたち。(笑)ね。
皆さん、ほんにそのくらいなこと思うて見なきゃいかんですよ。ね。「はっ、お役に立つなら、どうぞ」と言うてですね、親先生がもう、それを仰ったらです、どうぞ、これでお役に立つならば、と言えれるおかげを頂かなければ徳にはならんです。と言うてあなた方がね、もう私は、そん、口が腐っても言いやしませんけれどもです、例えて言うなら。ね。
けれども、万が一ちゅうことがあるけん、今、言うかも知れん。(笑)(そういったとこが?)、「そう、先生、私は思いました」とこう言う。はあ、おかげを頂いて来た人は違うと、私は思うたんですよ。ね。今日は、これだけのたくさんの金を持って行きよるが。ね。今日のごたる日、先生が、「岡崎さん、アンタの懐の中のお金を今日はお供えさせて頂かんの」と。こういう御用に使わせて頂かんのって言われる時に、はたして、さあ、どうぞお使い下さいと言えるだろうかと、自分で自問自答してみたと、こう言われる。
ね、もしそれが、はあ、惜しかて言うなら、まあだ、自分のものという観念がある。ね。これは、まだ自分の信心の修行が不足だという風に感じさせて頂くという意味のことをお届けされるんですよ。ね。だからね、お互いがね、お徳を頂いて行くということになりますとですね、もう、その運転しながらでもね、いよいよ、その楽しいです。はあ、この金を先生がお供えせろち言わっしゃりゃせんじゃろうかと言うてですね、楽しゅうやって来る。ね。そん時にです、もう、本当にお役に使うて下さいと、今ならば言えれるという時にです、その下から湧いて来るものは喜びです。
もう、絶対です。お供えをせんでも湧いて来るです。信心生活っちゃ、信心っちゃ、なかなか有り難いでしょうもん。ね。お供えをしなければ有り難いのじゃないです。神様は、それをこうと仰りゃあ、はい、と素直に言えれる、と心の中に感じたらです、もう、そのそこからは、お供えをしたと同じことのような喜びが頂かれるです。それが、そのまま徳になるのです。ね。
それからと言うて、あんまり考えに耽ってはいけませんよ。ね。この頃はある人じゃなかばてん、自転車で、もう有り難か、有り難かち思うち来よったげな。したら、ちゃあんと、溝の中に、あんまり有り難かと思いよったげなけんでと、溝の中に飛びこんじゃった。
だから、そういうことはいけませんからね、やっぱりこう、向こうは自動車ん来よるとぐらいは分からにゃですね。けれども、おかげ頂くです。昨日は高橋さんが、その、毎朝、朝参りをしてくるですよね、最近、毎日遅いもんですから、やっぱ眠かった、寝とったんでしょう、自動車の方で。
したらげな、あの、( )あの、橋のね、あの、(けた?)にもう、本当にもう、間一髪でぶつけるとこじゃった。もう、その時にこう、切ったそのね、おかげを頂いて、スルスルのところでおかげを頂いた。だからね、信心させて頂いて、本当に実を言うたら、その有り難いことを思い思い続けて来ておれば、また眠っておってもです、おかげが頂けることは間違いないです。ね。
おかげを受けますよ、それは、本当におかげを受けるです。今日はね、あの、久富さんたちの遠い親戚になる方で、最近参って来る方がある。あの、(宮治)という所がある、久富さんてやっぱり言うんです。もう、あそこ辺が川がですね、深くなったもんですから、もう、水がどっこも出らんごとなってしもうた。ですから、どこもその辺りに水を掘りなさるけれども、どっこも水が出らんちゅう。自分方も彫ったけれども、(お湯?水?)が出らない。そこで、神様なっとんお願いしようということになった。
だから、「どの方角に彫ったならば、良うございましょうか」てこう言われる。だから、もう、あの、私がどの方角っちゃ言わじゃった。アンタんげで一番使い勝手んよかとこで彫んなさいち言うた。「先生、そげん言うと、今までの井戸んほんな横が一番使い勝手んよかですけん」、ならそこに彫らせて頂きなさいということ。ね。ところがですね、ほんなこて、もう、近所の者はたまがるごたる、よか水が出るごとなった。共有できました。ね。
言うならば、天地が自由になるほどの神様ですからね、降る照るのことぐらい。ね。もう、(かなけて?)どんこん使われんという人はですね、(お部屋?)にいてから、(泉水?)になったというおかげを頂いておる人もあります。ね。ですからね、なるほど、この天地を自由になさる神様ですから、そういうおかげも願えば頂けんことはないけれど、そのおかげを頂いたからと言うて、いわゆる、毎日が楽しい、有り難いということじゃないということ。ね。
神様のご神意を深く分からせて頂いて、そのご神意に添う生き方。ね。氏子、信心しておかげを受けてくれよと仰る。ね。そのおかげをですね、頂かせてもらうところの信心に目覚めさせてもらう。向きを変えさせてもらう。ね。そこからです、楽しいものになってくる、信心がいよいよ有り難いものになって来る。
信心生活そのものが有り難うなって来る。ね。そこには、ね、楽しい、有り難いおかげが、もちろん約束されると同時に、これがお徳であろうかと思うようなおかげが自分の心の中に感じることが出来る。ね。明日は、久留米の櫛原教会の御大祭と、ここの親教会の親教会でございます、の御大祭。若先生がおかげを頂きます。どうぞ、お参りになられる方はお参りをして頂きたいと思います。
それから、27日が久留米の三橋先生ところの春の御大祭でございます。どうぞこれも、まあ、お参りを頂きたい。それから28日が、善導寺の親教会の御大祭ですから、これには、もう皆さん、どうぞ絶対、まあ、絶対ち。どうでもこうでも、おくり合わせをお願いされて、ご参拝を頂きたいと思います。どうぞ、いずれも、十時半からでございます。お互いがですね、本気で有り難いことを思わせて頂くと、絶対、おくり合わせを頂きます。ね。今朝、私はね、今日は親先生が久留米にお出でられるから、親先生、若先生がおられる間に、昨日一昨日、学院を卒業して帰って見えられました。で、昨日それを、通知を受けましたから、ね、今日はその卒業祝いに来たいと、こう思うた。
朝の内に行かなければ、あの、先生もおられない、二人おられんと、行ってもご挨拶も出けんと思うて。ね。だから、朝の御祈念を終わって、あの、誰か他の方の車に乗せてもらって行こうと思うたところが、見たところが、もう、福岡は全部帰っておられた。そこで私が、あの、ちょうど堤さんが参って来とりましたから、あの、堤さんに、もう、福岡の車は、もう、表には一つもないでしょうち言うたら、そっから小野先生が入って来た。ああ、先生、自動車の御用なら、今日はどうでもこうでも、先生に乗って頂きたいと思うて、思いよりますけん、乗って下さいと、こう言う。ね。
夕べ、新車がやってきた。やって来たちゅうか、新車が来た。これ、またおかげ頂いとるとですよ。もうっさいね、五十万引っかかるとこじゃったち。ね。それを、(本当?)お願いしてからですね、もう、それは未然に防ぐことが出けた。そして、その車がやって来たんです。いや、本当にやって来たんですね。(笑
)だもんだから、今日はもう、どげなことがあったって、先生に連れて乗ってもらわなんと思うやって来よるところへ持って来て、私が自動車のことを言いよるけん、ね、今日の自動車の御用は先生、私がさせて頂きますと言って、あそこからやってきた。
ね、私は親教会に今日はどうでも、ご挨拶に行かにゃならんと思やあです、神様が、さあ、なら、この車でと言うて、あの、大型のいわば新車で今日は善導寺にお礼に出させて頂いた。だから問題はね、それを思わなければね、暇どんが出けるならお参りしようぐらいなこっじゃいかんです。
ね、親教会の御大祭にはどうでもこうでもおくり合わせ頂こうと願うとりゃね、ちゃんと自動車の方がやって来ますよ、ようなおかげが受けられるですよ。ね。どうぞ、暇とお初穂の方をおくり合わせを願うてね(笑)おかげを、どうぞ、よろしゅうお願い致します。